TOP > 受賞エピソード 駿河湾(静岡県)入賞「親父の教え」
俺は親父を知らない。正確にはよくわからないと言うべきであろう。物心ついた時から親父は海外赴任で家にいなかった。運動会も授業参観も卒業式だって来たためしがない。
あれは就職が決まった春だ。たまたま親父が帰国し、駿河湾のフェリーに乗ることになった。船上から見える雄大な富士と、広大な駿河湾。
日本一の高さを誇る富士。
日本一の深さを誇る駿河湾。
そんな大パノラマを前に親父はこう言った。
「こんなふうになれ」
俺はその時思った。世界を股にかけるような親父だ。きっと俺に「日本一になれ」と言いたかったのだろうと。しかし親父の真意はちがった。
「志は高く、懐は深く」
親父は俺に仕事の流儀と人間としての生き方を教えてくれた。
どんな時でも前向きに、どんな人にも誠意を込めて。
それがこの「志は高く、懐は深く」である。
そういえば昔、親父は倒産寸前の会社を立て直し、その後派遣切りにあった人達を積極的に雇用した。親父とは会話こそなかったけど背中でその生き方を教えてくれていたのだと思った。
まもなくフェリーは清水港に着いた。見上げると親父が富士よりも大きく見えた。
ペンネーム:ざきじゅん / 東京都