TOP > 受賞エピソード 九十九島(長崎県)入賞「あの日の九十九島」
平成元年秋。私は当時まだ幼かった娘と二人、佐世保に引っ越してきた。
なんとか荷物が片づいて少し落ち着いた頃、ご近所の方が「あの山の上の方に動物園があるけん、いっぺん行ってみらんね?」と言われた。現在の『森きらら』、当時『石岳動植物園』と呼ばれていたところである。快晴の日曜日、私たちは早速出かけた。急に生活環境が変わり、子供なりにストレスもたまっていたのだろう、その日、娘は園内をはしゃぎ回り、私も久しぶりにのんびりしたひとときを過ごした。
さてそろそろ帰ろうかという時になって、私は展望台への案内板を見つけた。
「この上に展望台があるんだって。登ってみる?」「うん!」
息を切らしながら登り切ったところで目に飛び込んできたのは、果てしなく広がる空と海、そしてそこに浮かぶ島々が織りなす絵画のような風景だった。「えっ!?何?これ?」そう、私はそこで初めて九十九島の風景と出会ったのである。その時はまだ佐世保の地理もよく知らなかったので、山の上にある動物園の向こうに、まさか海が、九十九島の風景が広がっているとは夢にも思わなかった。と同時に、この先の不安や心細さで張りつめていた心が、その風景によって一気に解れていく気がした。そうだ、きっと大丈夫ー。何の根拠もなかったけれど、私はなんだか勇気がわいてくるのを感じていた。
九十九島の“九十九”には「数えきれないほどたくさんの」という意味があるそうだが、この30年余りの間に、辛いことや苦しいことが“九十九”あったとすれば、“九十九”という表現では足りないほどの出会いもあった。もし佐世保に来ていなかったら、決して出会っていなかったはずの人たちに支えられて、私の今がある。
そして、初めて見たあの日の九十九島はいつでも鮮やかに脳裏によみがえる。それはまるで人生の待ち受け画面のように。
ペンネーム:くう / 長崎県
九十九島湾の受賞エピソード
KUJUKUSHIMA BAY